大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 平成7年(行ウ)3号 判決

原告

植田光雄

植田照子

植田康夫

植田俊夫

右四名訴訟代理人弁護士

三住忍

小倉真樹

被告

奈良市

右代表者市長

大川靖則

右指定代理人

谷岡賀美

田中實

長田賢治

福島廣

榎友三

江波利隆

田村源吉

大西啓文

堀内哲司

大村裕一

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1について

原告らの本件訴えの趣旨は、自己所有の土地が法四二条一項三号の道路として一般交通の用に供する義務がないことの確認を求めるという点にあると解されるところ、原告植田照子の供述によれば、同原告は平成六年七月五日、建設業者から、本件土地は奈良市の道であり、これを前提として建築確認も得ていると言われ、同年八月下旬ころには、市の道であるからフェンスを除去するようにと言われたこと、〔証拠略〕によれば、同原告は被告職員に対して本件土地は道路ではない旨何度も言ったが、被告においては、本件土地は道路である旨の判定をしていること等の事実が認められる。そして、これらの事実関係に照らせば、本件係争地の所有権を有すると主張する原告らは、本件土地が法四二条一項三号の道路に該当するとされることにより、本件係争地を一般交通の用に供する義務を負担し、所有権に基づく土地利用を制約されることになるから、道路管理者である被告との間において、本件土地が法四二条一項三号の道路でないことの確認を求める利益を有すると認められる。

二  争点2について

1  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(一)  公図〔証拠略〕及び旧土地台帳の写し〔証拠略〕によれば、少なくとも本件土地の一部は、近畿日本鉄道株式会社から伏見町に寄付され、昭和二七年八月二五日付けで所有権移転登記が経由された一三七八番二三の土地の一部である。

(二)  昭和二五年当時、本件土地付近には、原告宅、越田宅、大眉の建物があり、原告一家、越田一家、大眉一家が本件土地を通路として利用していた。(〔証拠略〕)。

(三)  昭和三二年都市計画図〔証拠略〕、昭和四四年都市計画図〔証拠略〕及び航空写真〔証拠略〕によれば、原告宅及び越田宅の各敷地に狭まれた位置には、昭和二三年当時から現在に至るまで通路が存在し、その幅員及び長さに大きな変化はない。

〔証拠略〕によれば、いずれも通路の幅員は約五メートルである。

原告植田照子の供述によっても、原告らが原告土地に居住するようになった一三年ころから現在に至るまで、原告土地及び越田土地の本件土地に接する部分に設置されている塀の位置に変更はない。

(四)  平成六年三月九日の現地調査の結果(〔証拠略〕)によれば、本件土地の通路としての幅員は、最小四・八メートルから最大五・四メートルである。

2  法四二条一項三号の道路に該当するためには、昭和二五年一一月二三日当時、<1>現に一般交通の用に供されていた既存の道であること、<2>幅員四メートル以上の道であることが必要である。

これを本件についてみると、本件土地は、複数の建物に接する道路して存在し、複数の建物の居住者が公道に出るための通路として利用していたのであるから(前記認定1(二))、現に一般交通の用に供されていた既存の道であると認められ、また、その幅員は四メートル以上あることが認められる(前記認定2(三)、(四))。

したがって、本件土地は、法四二条一項三号の道路に該当する。

原告植田照子は、大眉の建物は、本件土地の南西奥において、本件土地の約三分の一まで突き出た形で存在していた旨供述するが〔証拠略〕、仮にそうであったとしても、本件土地は約五メートルの幅で、大眉の建物まで約三〇メートルの長さ〔証拠略〕で続いているものであって、避難、防災、安全、交通、衛生等に支障のない状態を確保するという法の趣旨を果たすために必要な道路としての最低限度の要素を具備しているものといえるから、前記認定を左右しない。

三  争点3について

法四二条一項三号の道路は、法の規定により直接道路の指定を受けているものである以上、これを廃止するためには、私人の事実行為により道路が閉塞されただけでは足りず、特定行政庁による廃道処分が必要であると解するのが相当である。

原告らは、二〇数年前から、本件土地の西側部分に幅約二・二メートル、長さ二二・八三メートルのセメントコンクリート敷の駐車場及びフェンスを設置し、本件土地の一部を駐車場として利用している旨主張するが、これをもってしては、廃道処分が行われたとはいえず、原告らの右主張は、失当である。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 石原稚也 田口治美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!